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ニュートン『光学』

無線のアクティビティ低下に伴いネタが枯渇している今日此頃です。今回も読書ネタです。かのアイザック・ニュートンの主著の一つである『光学』を読んでみました。

光学 (岩波文庫 青 904-1)

光学 (岩波文庫 青 904-1)

もう一つの主著は言うまでもなく『自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)』です。プリンキピアはラテン語で書かれ基礎幾何学だけで力学概念を説明しているため読みにくいのに対し(第3部は必読だと思います)、この『光学』は比較的平易な文章で書いているので割に読みやすいです。ニュートンは「光の粒子説」を提唱していました。この説では光の回折や干渉を上手く説明できないことはニュートン自信も認めていた。しかし、同時期に活躍したホイヘンスによる「光の波動説」ではこれらの現象を上手く説明することができるのだけど、ニュートンは頑なに自説の粒子説を覆すことはなかったらしい(ド・ブロイにより波動と粒子は等価であるとされますので、ニュートンの粒子説は間違いではないのですが)。また同時代の論敵であったロバート・フックの死後にすぐ『光学』を出版したのは嫌な敵からの論駁を避けたのではと言われています。頑固で意地の悪いニュートン像が浮かび上がってきますね(汗)。
この『光学』には光の反射や屈折、回折について論じられているのですが、実は本編よりも第3部の末尾にある(といっても全体の1/6のボリュームを占める)、「疑問」の部分の方が相当面白いのです。「○○という現象の原因は△△であるにちがいない。それは◎◎だからである」という書き方でダラダラとあまり整理されていないで書かれています。しかも版を重ねるごと疑問が付け加えられ、当時の科学の未解決の問題に対してニュートンの直感的な仮説を書き連ねている部分なのです。最終的に31個にまで「疑問」は増えていき、最後のほうになると光学とは関係のない化学(錬金術)の話題になっている(笑)のも実に興味深く、かなり強引な推論による仮説も少なくないです。ここで最後の(最も長い項)疑問31の節で述べられている仮設を(化学者らしく)幾つか分析してみようと思います。ドルトンによる原子論よりも100年前の考察であることに注意しましょう。

  • 「物質の微小粒子には能力や力があり、それによってある距離を隔てて光線に作用し、反射や屈折を生じさせる。また微小粒子同士も作用し合って自然現象の大部分を生じるのではないか?」

ここでいう「微小粒子」は現代の言葉では原子や分子に、「能力や力」は原子間力や分子間力に言い換えられるので、光(電磁波)と物質の相互作用を分子論的に説明することが可能であるから、この仮説は全く正しいのです。さらに化学反応や相転移や熱力学的な化学物理的挙動も分子間力の概念で説明できることが多いのでこれも正しいといえるでしょう。分子間力の正体はクーロン力や双極子相互作用、van der Waals力などであり、これらは電磁気学量子力学で正確に説明することができます。

  • 「濃硝酸や希硫酸と鉄のやすり屑を混ぜると激しい熱が生じるが、この熱は粒子の激しい運動によるものであり、酸の粒子が鉄の粒子に激しく突進し、その細孔の中に力づくで入り込んで鉄を溶かすのである」

熱の正体は粒子の運動性と関係があるとの前半の示唆は正しいです。きちんと理解されるにはMaxwellによる統計熱力学の出現が待たれました。後半の部分はかなり粗雑な直感といえるでしょう。鉄が酸と反応しやすいのは鉄の化学的性質によるもので、さらには鉄原子の電子配置に起因するものです。これも原子の構造や量子力学によって説明されます。

  • 「化学反応や熱の本質は粒子の運動と考える。暴風、竜巻、雷も化学反応によるもの」

当時、気象現象の多くは爆薬などの反応によって起こるものと考えられていたらしい。例えば雷は硫黄の蒸気が空中へ上昇し、硝酸とともに反応して空で爆発することによる思われていたようです。

  • 「水と油が混ざらないのは互いに引力が働かないから」

これは定性的には正しいです。物質が混合する(溶解する)という現象は、溶質-溶媒間相互作用エネルギーが溶質間同士と溶媒同士の相互作用エネルギーの和がよりも小さいときに起こると大雑把に説明することができます。もっと正確に言うと、水同士が強く引き合い(溶媒間相互作用エネルギーが低い)、水-油間は強く引き合わないため(溶質-溶媒間相互作用エネルギーが高い)に結果的に混ざらないのです。溶媒同士がそれほど引き合わない非極性溶媒は油を溶かすことができます。

  • 「塩を水に溶かすと全体に一様に拡散するのは、粒子間に斥力があるから。地球の引力で水よりも弱く引かれる塩の粒子は浮上しないため」

分子間力には確かに斥力は存在します(分子半径よりも近い距離になると急激に斥力が生じる)が、溶液中の溶質の拡散を説明するには斥力は無関係であり、分子の乱雑な運動によって説明することができます。また後半の重力との関係は誤りであり、溶液中の分子に働く重力は分子間力に比べて完全に無視できるほど弱いのです。残念ながらニュートンが発見した万有引力の法則の出番はないのですね(汗)。

  • 「塩溶液を蒸発させると規則正しい形に凝結するのは粒子間に力が働くからである」

これは結晶化のことを指しているのですが、確かに力が働くことが凝結の原因ではありますが、結晶化の本質はそうではなく、溶質分子の立体構造にあります。規則正しくなく凝結する非結晶固体はいくらでもあり、非結晶固体も分子間力によって凝結します。

最後に粒子はどうやって作られたかを論じています。「始めに神は物質を堅い粒子に形作り、神がそれらを形作った目的に適うようにした。」とあり、「自然の主」としての神と「自然の下僕」としての人間の観念を論じ、急に形而上学的な論調になるのも興味深いです。

科学者が著した古典はなかなか趣きのあるものです。他にもファラデーの『ロウソクの科学』、ダーウィンの『種の起源』、ガリレオの『星界の報告』、パスツールの『自然発生説の検討』なども楽しく読みました(いずれも岩波文庫)。お勧めしておきます。