JF1DIR業務日誌(はてなblog版)

アマチュア無線局JF1DIRのアクティビティをつづっています。

各種コア材のインピーダンス解析とCMF特性

久々の技術ネタになります。

送信時に何らかの理由により、送信機に接続されたケーブル類(同軸ケーブル、電源ライン、マイクケーブル、PCインターフェイス等)にコモンモード高周波電流が流れることがあります。そうすると、これらのケーブル類から電磁波が強く輻射することになるので、周囲の電子機器類に悪影響を及ぼすことがあります。つまり、コモンモード高周波電流がインターフェアの原因になることがあります。
このインターフェアを防止するためには、ケーブル類にインダクタを挿入することが一般的に有効です。フェライトコアにケーブルのホットとコールド側をまとめて同方向に巻きつけると、ノーマルモードはチョークされず、コモンモードのみチョークされる効果があるので、コモンモードチョークまたはコモンモードフィルター(CMF)と呼ばれます。同軸ケーブルをコアに巻きつけるのは難しいので、分割されたフェライトコアをケーブルにクランプする、いわゆる「パッチンコア」が普及していますよね。
コモンモードRF電流を抑止するために、同軸ケーブル等にパッチンコアをクランプしているのを見かけますが、果たして効果があるのか?どのような巻き方、どの種類のコアを巻けばいいのか?というデータをあまり見かけません。また運用周波数によって効果が変化するのは多くの局が経験していることでしょう。おそらくほとんどの局は、とりあえず適当にクランプしているのではないでしょうか?または経験的にこのコアを使えば大丈夫とか・・・・。

そこで、各種コア材のインピーダンス特性を測定し、CMF特性を評価してみました。
使用した測定器はAgilentのインピーダンスアナライザ4294Aです。自動平衡ブリッジ法で40Hzから110MHzまでインピーダンス解析でき、任意の周波数・交流電圧・直流バイアスに対する負荷の複素インピーダンスと位相を検出できます。負荷のインピーダンスはもちろん容量性なのか誘導性なのかを定量的に把握することができますので、材料や部品の電気特性評価には必須の測定器です(とても高価なので個人では新品を買えませんけど)。測定条件は、室温(23℃)下、2端子法、印加正弦波電圧500mV、バンド幅=2、平均処理・遅延なし、周波数範囲=0.1〜100MHzです。

まずはパッチンコア「TDK ZCAT 2132-1130」に3D2Vを1ターン(通過)させたインダクタを評価してみました。

この図は「Bode図」と呼ばれるプロットで、横軸が周波数、縦軸に複素インピーダンスと位相をプロットしたもので、オペアンプの周波数特性を表示するときにも同様に用いられます(ゲイン/フェイズ図)。
0.1MHzから1MHz付近の複素インピーダンスのプロットは+1の勾配になっているのがわかります。これは誘導性リアクタンス(インダクタンス)は周波数に比例するためなのは明白です。位相は90度なのでこれもインダクタの挙動ですね。しかし10MHz付近になると複素インピーダンスの傾きが少し小さくなり、位相も小さくなっています。つまり、インダクタとしての性能を失ってしまっているということが分かります。多くのインダクタ(とくに高透磁率フェライトコア)ではこのように周波数が高くなるとインダクタとして機能しなくなります(なぜそうなるのかの説明は省略)。

位相が小さくなるということは、何を意味しているのでしょうか。位相90度は純粋なインダクタ、位相0は純粋な抵抗成分を意味します。位相が90度よりも小さいということはインダクタに抵抗成分が含まれていると理解できます。例えば、インダクタと抵抗が直接につながった回路を考えると、その中間の位相になり、複素インピーダンスはインダクタと抵抗の合成ベクトル値になるはずです。従って、測定で得られたBode図から複素インピーダンスの実数成分と虚数成分を分割すれば、純粋抵抗の抵抗値とインダクタンス値に分けることができます。これを等価回路解析といいます。

上図の横軸に周波数、縦軸に等価インダクタンス、等価抵抗値をプロットしました。
0.1MHz付近はインダクタンス一定で約2.3μHの値を示しました。おそらく一般のLメータで測定するとこの値を示します。しかし、周波数が10MHz付近では著しく小さくなっています。一方、等価抵抗値のほうは、インダクタンスの低下を補うかのように周波数とともに大きくなっています。

等価抵抗値が大きくなるということは何を意味するのでしょうか?純粋なリアクタンスは、つまり位相が90度もしくは-90度ではエネルギーを消費しません(交流電圧に対して90度位相がずれた交流電流を掛けて積分すると0になる)。一方、純粋抵抗はエネルギーを消費して熱になります(これを損失といいます)。コモンモードフィルタという役割から、素子に求められる特性はインピーダンス(誘導性リアクタンス)が高く電流を阻止するという性質よりも、コモンモードRF電流を抑止したい周波数域で損失することが望ましいといえるでしょう。上図からTDKのパッチンコアはHF帯ではそこそこのCMF特性を有していることが分かります。

手持ちの各種パッチンコアを比較してみました。プロット1が先のZCAT 2132-1130、2がZCAT 2035-0930、3が8D同軸用のTDK ZCAT 3035-1330、4が秋葉原某有名電子部品ショップで安売りしていたパッチンコアです(すべて3D2Vを1回ターン)。


2はインダクタンスが1よりも小さく透磁率の異なるコア材が用いられているようです。3は、コアボリュームが大きいのでインダクタンスおよび損失ともに大きいコアです。4はHF帯ではCMFの効果がまったく期待できませんがVHF以上ではFBな特性ですね・・・。

インダクタンスあるいは損失を稼ぐために、コアに何回もケーブルをぐるぐる巻きにしているケースを目にしますが、CMFとして性能を落とすことがあるので注意が必要です。なぜでしょうか?それは巻線間の浮遊容量がインダクタと並列回路を形成してしまい、LCの並列回路つまり共振してしまうためです。この様子をBode図で見てみましょう。1のコアに6回PUWを巻いたインダクタの測定結果です。

10MHz付近で位相が90度から-90度へ回転していることがわかります。つまり、10MHzで共振しているのです(自己共振)。10MHz以上でマイナス位相になり、インピーダンスが低下しているので容量性の挙動です。これではHFのハイバンド、VHF帯およびそれらのスプリアスについてはCMFの効果が期待できません。また、透磁率が非常に高いコアを使った場合には、たった2ターンでも低い自己共振周波数になることがあります。下図はジャンクのコア材を使った例です。1.3MHzに自己共振周波数を持っているので、HF帯のCMFにはまったく適していません。

CMFにコア材を使う場合には、コアの損失周波数特性を把握した上で使うのがポイント。特性が把握できない場合はジャンク品を避けて実績のあるコア材が安心だと思います。また、パッチンコアやスリーブコアの場合には、多巻するのは避けて1回通過を直列した方がHF帯のCMF測定がよいようです(ラジオ用のフェライトバーにぐるぐる巻きは感心しません)。3.5MHz以下のローバンドについては要注意で、高透磁率材よりもボリュームのあるコアに少ない巻き数で作ったほうがFBだと思います。